京都国立博物館 曾我蕭白展を見てきた。
作品を目にして、まず、顔の描写に目を奪われた。
人物の表情が「え？」とのけ反るほど独特なのである。
戯けたとか剽軽といったような生易しいものではなく、狂気にゆがんだ表情である。
強烈な違和感である。
表情をデフォルメし過ぎて、造形そのものが狂っているものまである。
描写がマンガ的にデフォルメされているだけなら、ここまでの違和感が
生まれることはない。
蕭白の絵で顔に目を奪われるのは、そこで描画法そのものが変えられているからだ。
画面全体を見れば、この画家が絵を描く力量を十二分にそなえていることが、わかる。
なのに、この顔この表情なのである。
『寒山拾得図 』
わざわざここまで奇妙な表情にしなくても、普通に無表情、もしくは少し憂鬱な
表情に留めて置けば、
「格調の高い、深みのある絵だ。」
と、まわりの人間が喜ぶのは目に見えているのに。
それがわかっていながらこの画家はこういう顔を描いている。
そして、そのことを見る側に引っ掛かりとして意識させる。
蕭白の絵には絵画を壊す仕掛けが施されているのだ。
絵画の描画様式そのものを逆手に取った仕掛けである。
だから、その仕掛けに引っ掛った人間は、蕭白の絵から視線を
外せなくなってしまうのだ。
この描画方法の混在は中期の代表作で頂点に達する。
『群仙図屏風』は水墨画の画面に顔料で色彩を施した作品である。
これら中期の作品は、人間の顔の描写の違和感の上にさらに、画面全体も
モノクロと原色、荒い水墨画のタッチと顔料による細密描写、といった
描画方法が混在しており、それらがまったく唐突に融合されることなく使われている。
強烈な不協和音である。
絵画の文法そのものに言及するような、絵画の成り立たせ方、もしくは、
成り立てなさ方が、非常に現代的であると感じた。
この不協和音が２１世紀の私の目には新鮮に感じられた。
曾我蕭白と同時代に伊藤若冲（じゃくちゅう）という画家がいる。
若冲は近年、評価人気ともに非常に高い画家であり、今回の展覧会と同じく
京都国立博物館で２０００年に大規模な展覧会があった。
実際の作品を目にして、今回の蕭白と、以前見た若冲では、その印象が全く違う。
若冲の作品は印刷物や電子メディアで見ていた印象とさほど違わないものだった。
若冲の絵画は、統一された様式で稠密に描かれており、その細密な
描画には息を飲んだが、描画技術に力点が置かれて、はたして、
この人は何かを表現したかったのか、それとも工芸品を作りたかったのか・・・。
若冲にとって絵画を制作する行為は、宗教的な信仰の行為であったらしく
非常にストイックなものであり、作品は生命感の躍動とは無縁な絵画であった。
肉体性に乏しい絵画であった。
蕭白のそれは、信仰などとは縁の無い、あくまでも個人的な表現欲の発散であり、
表現のために絵画様式をも壊すものであり、「排泄」と言ってもいいようなものだった。
そして、その過剰な表現欲が、一方では不協和音に結びつき、
一方では巧妙な画面構成に結びついている。
例えば『林和靖図屏風』は、右隻の複雑な渦巻き状の入り組んだ絵画空間を、
そのまま左隻 へと視線を誘導し、僅かな枝の線が再び、右隻へと視線を戻している。
それらを画家の本能として軽々と構成しているところが、見るものの快感を呼ぶ。
肉体性に裏打ちされた豪快な絵画空間に目を彷徨わせるのは非常な喜びであった。
蕭白はそのエキセントリックな描画方法とは反対に、絵画空間の演出は
非常に正統的なものであり、真っ当であると感じた。
「排泄」をあやういところで芸にする力量に満ちたものであった。
若冲が絵画オタクなら、蕭白は絵画豪傑である、と言っていいかもしれない。
さて、はたして蕭白はメタ絵画を描いたのか？
実作品に接してみて、そうではないと思った。
そのような込み入った思考は一切なかった。
ただただ強烈な生理があった。
伊藤若冲、曾我蕭白が再評価されるきっかけになった本
